主語を明確にする
日本語の文章では、主語を省略することがひんぱんにあります。
特に、自分にとっては当たり前と思えることについては、無意識のうちに主語を省略してしまいがちです。
しかし、英語の文章では必ず主語を書く必要があるため、主語のない文を英語に翻訳するときは、主語は何なのかを翻訳者が想像することになります。
これは非常に危険なことです。
というのは、翻訳者は翻訳対象の機械や技術について、くわしい知識を持っていない場合がほとんどだからです。
これは当然のことです。翻訳対象となる技術の開発現場を一度も見たことのない翻訳者が詳しいことを知っているはずがありません。
もちろん、物理や化学、機械などの基礎技術については勉強して知識を身に付けていますが、企業で開発されている特定の技術については技術者の知識には遠く及びません。
これは文系出身の翻訳者だけでなく、企業で技術者を長年勤めた技術者あがりの翻訳者でも同じことです。
技術者上がりの翻訳者は、自分が携わってきた分野については深い知識を持っていますが、それ以外は未経験の分野だからです。
そして、翻訳者はある程度広い分野の仕事ができることが要求されます。いくらビデオテープのヘッド(もはや使われていませんが・・・)について深い知識と経験を持っていても、ビデオテープのヘッドに関する翻訳の仕事だけを選んで仕事をするわけにはいかないのです。
翻訳者は、このように不足しがちな知識と経験を補うために本を読んで勉強しますが、開発現場での実践的な知識は持っていないため、文書に書かれている以外の情報は、ほとんど知らないものと考えたほうがいいでしょう。
つまり、すべて文字にして表現する必要があるということです。
もちろん、専門知識と経験が豊富な翻訳者であれば、ある程度正確に主語を推測できますが、どんなに優秀な翻訳者でも間違える可能性はなくなりません。
以前お会いしたことのある弁理士さんは、特許明細書を翻訳者に渡す前に、すべての文に主語を付けるとおっしゃっていました。
このように、意識的に文章に主語を付けて誤解されないようにするべきです。
たとえば、以下の文では、Aボタンを押すのは誰で、呼吸できるのは
誰でしょうか?
Aボタンを押すと空気がB室に送られて、呼吸できるようになる。
Aボタンを押すのは操作している人(あなた)ということが想像できますが、呼吸できるようになるのは誰でしょう。
B室に犬がいることが、この文より前に示されていた場合、呼吸できるようになるのは犬であることが分かります。
しかし、この文より前に犬と猫と猿が出てきていた場合、呼吸できるようになるのが何なのか、翻訳者は頭を悩ませることになります。
このような文を誤訳されないようにするには、
Aボタンを押すと空気がB室に送られて、犬は呼吸できるようになる。
のように、主語を明確にしてください。
さらに明確にするには、以下のようにします。
「オペレータがAボタンを押すと空気がB室に送られて、犬は呼吸できるようになる。」
絶対に、「プロの翻訳者なんだから、これくらい分かるだろう」という考えはしないでください。
分かっているのは「あなただけ」かもしれません。